プロフィール

谷村 大輔
『伴創舎(BANSOSHA)』代表
1963年 東京生まれ
1981年 早稲田大学高等学院 卒業
1985年 早稲田大学理工学部電気工学科 卒業
同 年 横河電機株式会社入社。35年間勤務
  ・信号発生器、信号測定器の電子回路設計者として多くの設計に従事
  ・製品開発プロジェクトマネージャとして新規事業参入に貢献
  ・全社の技術水準と設計品質向上のため、技術伝承、設計標準化などに取り組む
  ・子会社の社長として計測器の製造販売会社を運営
2020年 エイコー測器株式会社入社。5年間勤務
  ・中期経営計画の策定、実行
  ・若手経営幹部の育成
  ・東京営業所長として技術営業員の採用・指導・育成
2025年 経営コンサルタント/技術コンサルタントとして独立 現在に至る
  ・製造業の設計品質向上支援
  ・建設業のデジタル化支援
  ・経営計画策定プロセスセミナ実施


保有資格等
・第3種電気主任技術者
・VEL(Value Engineering Leader)
・TOEIC®IP 945点
・日商簿記3級
・ITコーディネータ <認定リンク>
・経産省DX人材プログラム「AI工数予測」<Gold修了証>

経験・スキル
経営
 ・会社経営
 ・経営戦略策定・実行管理
 ・デジタル経営の推進(ITコーディネータ)
製品開発/電子回路設計
 ・製品開発プロジェクトマネジメント
 ・製品設計(電子測定器/信号発生器)
   電子回路設計
     アナログ:信号発生&測定(DC~数100MHz)
     デジタル:アナログと制御のI/F。CPU/CPU周辺
   ソフトウェア
     C, Excel VBAほか
幹部人財育成
 ・コーチング、傾聴、アイデアの壁打ち相手
 ・プレゼンテーション(資料作り、話し方)

趣味
  テニス、水泳、ウクレレ、絵画鑑賞、社交ダンス


これまでのこと

小学4年生の時、あることのご褒美にラジオのキットを親に買ってもらい、理屈も分からないまま組み立て、音が出てきたときの驚きと喜び。
それから電子工作に夢中になり、いつしか回路設計を仕事にしようと思うようになっていました。

大学卒業後、横河北辰電機(現:横河電機)株式会社に入社し35年間勤務しました。念願の回路設計の仕事に就き、20代、30代は数多くの電子回路を設計しました。

転機は42歳。
新事業立ち上げを目指す部署に、自ら希望して異動させてもらい、そこである新規開発のプロジェクトマネージャを拝命しました。
開発する製品は、光通信網の基地局で使われるインターフェース機器で、光通信市場への新規参入を、世界最高の通信スピードと到達距離で成功させようというものでした。

自社のR&D部門が培ってきた先端要素技術と、事業部門が持つ製品化技術を融合させるプロジェクトで、会社はこのために大きな投資をします。
社内外から100数十名の開発人財と製造人財を集め、数百億円の建築費を投じて開発棟・半導体工場を新設。
社運がかかったプロジェクトに大きなプレッシャーを感じつつも、夢に向かう高揚感を持ってスタートしました。

しかし開発は、急ごしらえの体制、かつ未経験の領域への挑戦。
課題が次々と発生し、プロジェクトは3か月、半年と遅れを重ねます。

自分はと言えば、プロジェクトマネージャ、大口顧客との技術交渉窓口、さらには制御部分の回路設計もするという二足ならぬ三足の草鞋を履き、平日は深夜まで進捗把握、課題解決、対外交渉に追われ、土日に回路設計を進める日々。
焦りと成功必達の重圧の中、前に進めるために、課題解決、人財育成、プロマネ、リーダーとしてのあり方について一つひとつ試行錯誤を重ねました。

多くの助けもあり、ついには業界最先端の「RZ-DQPSK 光変調」技術を搭載した超高速インターフェースを完成させ、さらに世界に先駆けてその量産化に成功しました。
光通信業界では無名だった企業が、最先端技術を製品化して突然現れたということで大きな話題になり、先進国の大都市間を結ぶ基幹ファイバー網に採用されました。

この時45歳。自分としてはお世辞にもベストプロマネとは言えないパフォーマンスでしたが、この数年間、たくさんの失敗と試行を積み重ねて得た経験は大きな財産となりました。

開発後、私は製造部門に移り、この製品の品質改善とコストダウンを進め、その後、光通信事業を離れて本社に戻り、技術統括部門に移りました。
技術統括部門では、光通信プロジェクトで感じた課題意識を全社の開発改善につぎ込みました。全社開発ガイドラインの執筆や、知見伝承・技術伝承の実証実験などです。
さらに、防爆などの認証規格を推進・管理する部門、CADなど開発インフラを浸透・維持する部門の長を歴任。

50代に入り、上海にある工業計器の製造販売会社に社長(総経理)として2年半赴任し、コロナ禍が始まる半年前に帰国。

帰国後、早期退職し、従業員80余名の制御装置メーカ、エイコー測器株式会社に転職。
経営計画策定、人財育成、組織マネジメントなどの分野で、これまでの経験と知識を活かし、同時に新たな学びも重ねました。

そして2025年8月に独立起業し、今に至ります。


光通信プロジェクトで苦しい時の自分を支えてくださった大先輩のSさんが、プロジェクトの最後に私にかけてくださった言葉が、常駐する問いとして自分の中にインストールされています。

「谷村は普通のサラリーマンが一生かかってもできないような経験をしたのだから、それを活かさなくてはいけないよ。」

今の自分を人、組織、そして社会のためにどう活かすか。この問いが私の行動力の源泉です。


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